中国面面観

「中国面面観」は中国の様子をお届けするコンテンツです。弊社発行のメールマガジンで連載している内容を、お客様のご要望によりホームページでもお届けします。

日本人出張者の目から見た「中国あるある」

2016.12.28

 どこの世界にも、「あるある」なるものが存在する。中国に出張する日本人ビジネスマンの間でも同様で、90年代などは「店員がお釣りを投げたり、商品があるのにないと言ったりする」といったサービスの悪さが良くネタとなっていた。

 2000年以降になると経済の急激な発展につれて、「出張のたびになじみのレストランが再開発の立ち退きで見当たらなくなった」という類の話が多くなった。根底に共通するのは、出張者の目線がどことなく上から目線、つまり先進国から発展途上国を見る視点だ。

 最近多く耳にするのは、「タクシーが以前に増してつかまらなくなった」というものだ。中国版Uber(ウーバー)と呼ばれる「滴適出行」の普及により、競争に負けたタクシーの台数が減少していることが原因である。

 一方、市民や駐在員は「滴適出行」のサービスに満足している。スマホにアプリを入れるだけで、手軽にかつ適宜に車両の手配や支払いができるうえ、タクシーよりも車両は清潔で、料金も安い。しかし、スマホのアプリが使えない出張者や外国人旅行者にとっては面倒くさい状況になってしまった。

 背景には、中国におけるスマホ万能化の流れが日本人の想像以上に加速していることがある。もともと、クレジット・カードの普及が遅れていた中国で苦肉の策として開発普及が進められたアリペイなどオンライン・ペイメントの決済機能が急速に拡大。支払・決済のみならず、本人確認を基にした日常生活のすべての場面で活用されるようになった。

 スーパーやコンビニなどでの支払いから知人への振り込みが手数料なしで可能なうえ、余ったお金は自動的に「余額宝」というMMFに入る。今でも年利2%はある優れものだ。2015年のアリペイの決済規模は米ペイパルの2.5倍に達している。

 オンライン・ペイメントはすでに中国で金融インフラとしての地位を確立し、日常生活での依存度は日を追うにつれて高まっている。出張者からすれば、タクシーが捉らず苛立つときや、ショッピングモールや映画館の店頭で即割引サービスが受けられないときなど、常に中国におけるスマホ・アプリの万能性を思い知らされることになる。

 ここに至り、出張者の「上から目線」は消滅し、「この分野では(と限定的表現ではあるが)、中国の方が明らかに進んでいる」という謙虚な姿勢に変わる。

 このような新興国における新技術の急速発展を経済用語で「リープフロッグ(蛙飛び)式発展」と呼ぶ。典型的な事例としては、中国など発展途上国での携帯電話の普及がある。多くの発展途上国はもともと固定電話インフラがなく通信や情報交換面で先進国に大きく後れを取っていた。

 しかし、携帯電話の登場で通信インフラの普及に注力、固定電話の時代を飛び越して一気に先進国に追いついた。中国のネット通販(Eコマース)の急発展も、地方都市などの田舎に良質な小売店が十分ないことが背景にあった。

 注意が必要なのは、新技術の導入の際に抵抗勢力になるレガシー(伝統的技術体系・制度)がなかったことも、新技術の普及に役立ったということだろう。日本でオンライン・ペイメントやウーバー(中国では滴適出行)が既得権益層の抵抗を受けて普及が進まないのがその典型例といえる。

 言葉を選ばないといけないが、中国の法体系が十分に整備されていないことが僥倖となっていることも否定できない。新サービスは先進国では往々にして既存の法律に引っかかる部分が出てきてしまうのだが、発展途上国では法的真空地帯に突然登場する格好となる。そのため、当局が気付いた時には巨大な市場が民間主導ですでに出来上がってしまっている。

 もちろん、明るい面ばかりではない。法的に整備されていないということは悪人が跋扈する余地がいくらでもあるということも意味するためだ。例えば、今年2月には違法オンライン投資集団が個人投資家相手の詐欺的行為で約500億元(9000億元)も集めていたとして摘発された。

 先進国なら政府の責任問題になっても不思議ではない規模。ただ、中国の場合はこれを法整備や規制強化のきっかけにしようということで収まったようだ。最初から法環境が整備されていないのだから、仕方がないというわけなのだろう。

 ともあれ、これからの時代、コンピュータの処理能力が飛躍的に向上し、人工知能(AI)やクラウドコンピューティングなどが急激に発達することは間違いない。そしてそれらを使った先進的な高付加価値サービス産業がこれから数年内にどんどん姿を現すことになるはずだ。

 このまま行けば、法環境が整備された日本と発展途上の中国では自ずと普及ピッチが異なる状況が続くことになりそうだ。日本人出張者の「中国あるある」がさらに増える予感がする。

(吉永東峰株式会社ニーズキャピタルデザイン代表取締役)

【執筆者略歴】
1998年法政大学経済学部卒業。同年コカコーラに入社、資金財務、経営企画に従事。2001年ネットチャイナ(現、新華ファイナンス)入社、中国金融情報サービスの企画とマーケティングを統括。2003年青山学院大学MBA in Financeを取得。2006年EuromoneyグループISI Emerging Markets日本支社長。2007年11月スパークス・アセット・マネジメントの中国プロジェクトに参画、QFIIをはじめQDIIのマーケティング、中国ファンドの運用企画などに携わる。

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