中国街角ウォッチ

中国街角ウォッチ(第26回)

重慶市を今月訪問した。この街を訪れるのは、中西部開発が中国の最優先戦 略として示された2001年2月以来8年ぶり。その変貌ぶりは目を見張るものだ った。直轄市となった重慶市はすっかり大都会に変貌を遂げていたのである。

重慶市に最初に足を踏み入れたのは1979年12月末で、数日かけての駆け足旅 行で立ち寄った。外国人の旅行が開放されて間もない時期であり、地方旅行 は行政のバックアップなしにはできなかった。この旅行も中国衛生部(厚生 省に相当)が協力。衛生部は当時進めていた日中友好病院建設プロジェクト の中国側パートナーだった。

宿泊したのは北京市の天壇を模したという人民大礼堂の付属ホテル。市内の 高台でひときわ目立っていた。当時としては最高級のホテルで、この地方で は珍しく空調も完備していた。だが、だだっ広いうえ天井も高い豪華な部屋 は、暮れの厳寒期には不向き。外出から戻って暖をとるため、まず風呂に熱 い湯を入れなければならなかったことを今でも忘れない。

北京市から重慶市に足を踏み入れると、それは予想以上の田舎。温泉がある というのでガイドに案内してもらったのだが、階段で地下に深く下ったとこ ろに湯船があり、温泉気分になどに浸っている余裕もなかった。さらに湯船 の中で地上から聞えて来る革命歌は文化大革命を思い起こさせ、気分は一段 と暗いものとなった。防空壕のような温泉から再び地上に出てみると、我々 が乗ってきた旅行社の車の周りには人垣ができており、その車を背景に写真 を撮っている若者数組がいたことに驚いた。

ホテルでは重慶市の役人の訪問も受けたのだが、彼らの方言がきつすぎて話 はちんぷんかんぷん。ガイドの通訳に救われたことも、今は昔の語り草だ。 語り草といえば、翌日昼過ぎの飛行機で陝西省西安市に向かうべくホテルの チェックアウトを済ませたところで、ガイドが「まだ時間がありますから、 ゆっくり昼食をしてから出発しましょう」という。彼に言われるままに最後 の四川料理に舌鼓をうち、ゆったりした気持ちで空港に向かった。だが、空 港カウンターで搭乗手続きをしようとして、のんびりしていたガイドが驚い た。飛行機はすでに離陸体勢に入っていたのだ。

100~200メートルの先に見える飛行機は、すでにプロペラが轟音を轟かせて いる。慌てたガイドは我々の荷物を奪い取り、飛行機に向かって走り出した。 我々も彼の後を追った。飛行機の扉が開かれ、はしごが出てきた。それを上 り、やっとの思いで搭乗を果たした。しかし、何とも慌しい重慶市からの脱 出は、その後もしばらくは脳裏から消えなかった。

北京市に戻ってから数日後、そのガイドから一通の手紙が届いた。まじめな ガイドの手紙の中には、「この度は辛い思いをさせてしまってすみません。 今度お出でになったときには楽にしてあげます」と。何とも微笑ましい間違 い文章だが、しばらくは重慶行きに抵抗感を覚えた。

1996年11月に中国日本人商工会議所中西部視察団の一員として、再び雲南省 昆明市、四川省成都市、重慶市を訪問。成都・重慶では団員ともども激辛四 川料理と白酒(パイチュー)に挑戦したことは思い出深い。翌1997年の3月と 4月にも重慶を訪れた。同年4月は中国経済貿易部の要請で、同部スタッフと ともに湖北省武漢市から長江を船で上り、宜昌市(三峡ダムのくい打ち現場 となったところ)、万県(現在は重慶市に併合され万州区となっている)に それぞれ一泊。その後に始まる三峡ダム建設後の各地の産業発展と国際化を どうするかについて講演した。

2002年2月の重慶行きは、まさに中西部開発の中心都市としての重慶市の投資 環境調査だった。当時の日系企業は数えるほどであり、投資環境としてはお 世辞にも優れているとは思えなかった。

ただ、かつてと大きく異なっていると感じたのは、役人が一様に若く、もら った名刺のすべてが博士、修士の肩書きだったというところで、「なるほど 重慶市は人材を集めたな」という印象を受けた。なぜなら1996年、中国日本 人商工会議所の関連で重慶市を訪れた時、全体会議で重慶市側から出てきた 通訳は日本語のレベルが極端に低く、会議半ばからあらためて重慶大学の日 本語教授を呼び寄せたことがあったからであり、人材不足という印象が強か ったからである。

その重慶市、山の斜面はもとより平地にも高層ビルが所狭しと建ち並び、夜 にはレストランや商店のネオンが煌々と輝き、繁華街は遅くまで賑わいをみ せ、かつてのイメージは完全に吹き飛んだ。広くもない道路だが、市内は車 で溢れ、特に初乗り5元(上海市の半分以下)の黄色い小型タクシーが目に付 いたが、その数7300台、個人タクシーを入れると1万台を超えるというから驚 く。

4番目の政府直轄市として人口は3000万人以上といわれるが、かつての田舎町 は完全に地方の大都会になっており、決して多いとは言えないが日本からの 進出企業も100社を超えるというから、まさに隔世の感一入であった。

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