中国街角ウォッチ

中国街角ウォッチ(第54回)

2011.09.01

 先月号で中国世論の発信源として著しい影響力を持つようになった民間メディア、ネットの現状をお伝えしたのだが、脱稿後の7月23日夜に浙江省温州市付近で高速鉄道の追突転落事故が発生。40人が死亡、200人あまりが負傷した。公的報道は新華社経由のものだけを扱えという当局のマスコミに対する規制も出されたようだ。だが、その事故に関する当局の対応をテレビで見た在日中国人たちは、ほとんど諦め顔で「鉄道部は腐っている」と怒っていた。ネットでは激しい批判が飛び交り、当局に不都合な現実の姿が次々と暴かれ、国民の怒りを買うことになった。

 私なども当局の事故処理のいい加減さに呆れ果てた一人ではあった。そもそも中国の高速鉄道はソフトやシステムが追いついておらず、危険性が高いものだと思っていた。だから、これまで敢えて乗車を避けてきた。

 上海のリニアモーターカー開業のときも、同じようなことを感じた。そもそもリニアの走る浦東地区というのは元来が農村で、そのあたり一面が湿地帯であったことをこの目で見ていたからだ。湿地帯の上に高架線路を建設したのだから、いつ橋げたが沈むか分かったものではない。また、リニアの終点は浦東地区内の龍陽という中途半端な場所で、目的地の浦西に行くには黄浦江を渡らなければならず、スーツケースなど持っての移動が不便だと思ったことも関係している。

 上海リニア(上海磁浮高速列車)は不動産事業のようなものであり、莫大な中央政府資金が注ぎ込まれている。中央政府の意向は浦東地区を発展させ、不動産価値を上げようというものだから、単にここを通過させるだけではなく、終点を設けなければ不都合だったのだろう。かくの如く客の利便性より経済性を優先する姿勢は、中国のインフラ建設の基本姿勢だと思われても仕方ない気がする一例である。

 上海浦東国際空港から龍陽路駅までの30キロメートルを走る上海リニアは実験線プロセスを跳ばして、いきなり商用化された。最高時速430キロ、8分弱で走るなどとは乱暴な話であって、その点が今回の高速鉄道事業に共通している。導入した技術は独トランスラピッド社のものだが、同社のシステムはエムスランド実験線で2006年9月に衝突事故を起こしており、上海リニアも2006年8月に火災事故を起こしている。

 日本のリニア開発は60年代から始まり、72年ごろには磁力浮上に成功しているのに、いまだに実験段階にある。実用化は2045年と、気の遠くなるような先の話だが、安全性という観念が薄い中国では実用化を優先する。人命の価値が高く設定されている日本人には理解しにくい部分である。

 中国版新幹線の車両モデルが発表され人目に触れたとき、その形が日本の「はやて」に酷似していると言われた。だが、学んでもらいたい安心・安全の方は完全に無視されたようだ。中国鉄道部は昨年ごろから世界各地で中国版新幹線の売り込みを展開しており、その中で「当該技術はすべて中国独自のもの」とアピールしている。JR東海の「外国の技術を盗用」、「安全を軽視」という指摘に対して中国鉄道部の最高幹部は「中国の高速鉄道技術は総合的に世界をリードする地位を獲得した」、「安全性は保証されている。またコントロール可能なものだ」などと反論していた。

 この事故直後のネットで「今回の事故で高速鉄道技術が中国の独自の技術であったことが証明された」とあったのは「言いえて妙」であるが、今後はどこにも通用しないセールストークになってしまった。これまでの鉄道事故を検証しても、例えば上海郊外で起きた衝突脱線転覆事故(88年、高知学芸高校の修学旅行生29名が死亡)、北京発青島行き列車の脱線事故(08年、72名が死亡、運転手の居眠りと速度オーバーが原因)、湖南省で起きた正面衝突事故(09年、3人が死亡、運行ダイヤの不徹底が原因)、江西省で起きた脱線事故(09年、19人が死亡、土石流による線路流出が原因)など、すべてが人為的ミス、すなわち管理上あるいはシステム上の問題であったことが共通部分する。

 私は中国で何度となく長距離列車に乗ったことがある。コンパートメント(4人部屋の個室)で本を読んだり、車窓に広がる変わらぬ景色を無心に眺めたり、眠ったりしてのんびりとした時間を過ごした。事務所暮らしの私にとっては電話もなく、来客もなく、日常の煩雑さから逃れての旅は貴重な時間だった。当時から国営鉄道会社にサービス精神はゼロで、車掌は妙に高姿勢。夜はトイレの鍵をかけてしまうなど不自由なこともあったが、列車による旅自体は特に苦痛に感じなかった。

 今のように速度ばかりを競う鉄道部や政府の考え方は、果たして本当に正しいのかどうか?

 中国の高速鉄道は現在9000キロ近くまで伸びており、その長さから言えば日本の新幹線網の3倍以上になっている。2020年までに1.8万キロまで伸ばす計画が進んでいる。だが、安全・安心の抜け落ちた高速鉄道など世間に通用するとは思えない。中国本土で使われる漢字の字体「簡体字」は非常に簡略化されており、「愛」という字では「心」の部分が省略されている。これについて「愛」から「心」が奪われたと指摘した友人がいた。この「心」を取り戻さなければ、新幹線セールスの世界競争の中には入っていけそうもない。

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