中国面面観

~漢字って面白い!~

2012.01.19

■中国本土・香港・台湾の中国語■

 仕事柄、中国本土(以下、本土)、台湾、香港(以下、中港台)の言葉に接することが多い。中港台では、それぞれ様々な方言、例えば上海語、福建語、広東語、台湾語があるが、共通の言葉としての中国語(“普通話”、“国語”)がある。日本でも関西や、東北、九州、沖縄などの方言がある一方、全国共通の標準語があるのと似ている。

 ただ、日本の場合、標準語であればほとんど同じ語彙になるが、中港台の共通語としての中国語は、必ずしもそうではない。発音の微妙な違い、あるいは本土では簡体字(1960年代に導入された簡略化した漢字)、香港・台湾では繁体字(それ以前から使われている漢字)を使っているといった違い以上に、同一の対象物でも3地域で異なる呼び方になっていることがしばしばあり、実に興味深く感じている。

■一国三訳――外国人名■

 まず、外国人の名前の中国語訳だ。オバマ米大統領の中国語訳は、中国本土と香港では「奥巴馬」(注:本稿では便宜上、中国語の漢字を日本語の漢字で表記する)と訳すが、台湾では「欧巴馬」になっている。これは、「奥」という中国語の発音は台湾の主要な方言である「ビン南語」では「よくない」という意味があるからとのこと。

 ヒラリー・クリントン国務長官の場合、3つの中国語名をもっている。ヒラリーが、本土では「希拉里」、香港では「希拉莉」、台湾では「希拉蕊」と訳され、また香港と台湾では同長官が女性であることを意識してか、女性らしい名前をつけている。

 本土では、外国人名を翻訳する時、発音する音をすべて訳すのが基本原則のようで、一つの名前で漢字を5~6文字も使うこともよくある。香港と台湾の場合、必ずしもすべての音を訳すとは限らないので、字数は大体3文字前後に収まる。

 特に香港の場合、普段では広東語という方言で話しているので、訳名の発音も広東語に合わせている。典型的な例は、英サッカー選手ベッカム(Beckham)の中国語訳だ。本土では「貝克漢姆」(ベイクーハンム)、台湾では「貝克漢」(ベイクーハン)と、本土の方は最後の「m」まで訳すのに対し、台湾の方は省略した。香港では「碧咸」と訳され、中国語の発音だと「ビーシェン」と原音から程遠い。だが、広東語で発音すると「ベッハム」と、原音に非常に近い。

■異字同義と同字異義――パンダ■

 身近なものの呼び方も異なる。パンダは中国本土と香港では「熊猫」、台湾では「猫熊」と呼ばれている。タクシーは、本土で「出租車」、台湾で「計程車」、香港で「的士」、自転車は本土で「自行車」、台湾で「脚踏車」、香港で「単車」、弁当は、本土で「盒飯」、台湾で「便当」、香港で「飯盒」(本土と逆)、等々。野菜や果物など食べ物となると、三地三様あるいは三地二様の呼び方が多い。

 経済用語なども違う場合がある。マクロ経済学は、本土と香港では「宏観経済学」だが、台湾は「総体経済学」、ミクロ経済学も、本土と香港の「微観経済学」に対し、台湾は「個体経済学」となっている。

 株主資本利益率(ROE)は、本土では「浄資産収益率」や「股本回報率」など複数の表記、香港では「股權收益率」、台湾では「股東権益報酬率」が一般的である(ここでの「股」は中国語で株のこと)。

 近年、情報技術(IT)の進歩に伴い、IT機器が普及し、中港台間で新たな同義異字語が生まれた。パソコンの周辺機器であるマウスは、本土で「鼠標」、香港と台湾では「滑鼠」。画面上のカーソルは、本土で「光標」、香港と台湾では「游標」。ブログは中国で「博客」、香港で「網誌」、台湾で「部落格」となっている。

 携帯電話は、本土で「手機」、香港で「手提電話」、台湾で「行動電話」で、そして最近流行っているスマートフォンは、本土と香港では「智能手機」、台湾では「智慧型行動電話(または手機)」と訳されている。

 一方、少数だが、同じ言葉で意味が違う場合もある。例えば、「公車」は、本土では政府の車の意味だが、台湾ではバスを指す。「土豆」は、本土ではジャガイモのことで、台湾では落花生になってしまう。ちなみに、香港では「公車」も「土豆」もなく、バスは「巴士」、ジャガイモは話し言葉で「薯仔」、文章を書く時は「馬鈴薯」と、ちょっと複雑。

 このような違いもあって、2008年に本土住民の台湾観光が解禁された際、台湾の観光当局は本土と台湾の用語対照表まで作成し、さらに専門家を招いて旅行業者に講義したそうだ。

■言葉の北上と南下で「漢字圏」経済の発展を促進■

 中港台3地の用語が違っても、互いの交流の妨げにはなっておらず、むしろ同じ言語による異なる表現の仕方と捉えたい。これによって互いの言語表現力が豊かになり、創造力が鍛えられ、それぞれの地域の発展を促進する役割にもなる。

 実際、中国本土の改革開放に伴い、市場経済が進展するにつれ、香港と台湾の用語が本土にも浸透するようになった。本土で使用されている多くの不動産関連用語――「楼盤」(不動産物件)、「楼花」(完成前に販売する不動産物件)、「按掲」(モーゲージ)などは香港から来た言葉である。

 あるいは、香港の「的士」(タクシー)という呼び方が、北京では「打的」(タクシーに乗る)に変化し、応用されるようになった。一方、「海亀」のように、本土で作られた新語が香港で使われる場合もある。「海亀」とは、海外生活経験者のこと。中国語で“亀”は“帰”と同じ発音で、海外から帰ってきたことを略して「海帰」といい、これが転じて「海亀」となる。

 中港台のなかだけでなく、漢字を使う日本からも多くの日本語が入り込んでいる。近年では、「美白」、「痩身」、「刺身」、「写真」、「人気」、「親子」、「職場」等々が、中港台ではそのまま日常で使われるようになっている。国民所得の増加に伴い、中国の消費市場は今後益々拡大していこう。膨大な消費者(あるいは潜在消費者)の買い物意欲をそそるには言葉による表現が大切な要素のひとつだと考える。

 「美白」、「痩身」はまさに中国の女性消費者のニーズにぴったりと合った言葉である。日本語の漢字力をもっと発揮すれば、中国の膨大な消費需要も取り込みやすくなるかもしれない。

(李粹蓉 株式会社ニーズ キャピタルデザイン/主席研究員)  

【執筆者略歴】
1988年京都大学経済学部卒業。1990年野村総合研究所に入社、2004年野村證券に転籍、同金融経済研究所経済調査部シニアエコノミスト、2006年野村資本市場研究所主任研究員、2007年野村アセットマネージメント総合企画室シニアマネジャー。野村グループでは約18年間勤務、その間エコノミストとして、統計データから経済構造、政治、社会など幅広い角度から、中国経済および中国金融資本市場を鋭く調査・分析。中国の金融・経済情勢に精通。平成13 年度国際金融情報センター「中国研究会」(財務省委嘱)委員。

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