中国面面観

春運

2013.02.19

 広大な中国大陸で年に一度の民族大移動が始まった。「春運」である。「春節」(旧正月の中国での呼び方)前後の帰省・Uターンラッシュの期間中に実施される公共交通機関の特別輸送体制のことを指す。日本語の「輸送」に相当する中国語は「運輸」であり、春節期間中の「運輸」体制を略して「春運」と呼ぶのである。近年、日本の新聞やテレビもよく取り上げる話題である。

■34億人の民族大移動■

 春運の期間は旧正月(今年は2月10日)を挟んだ40日間で、おおよそ旧暦の12月15日から正月25日の間になる。具体的な日にちは、中央省庁の一つである国家発展改革委員会がその約1カ月前に発表する。この期間に合わせ、鉄道部や交通運輸部など各交通機関の管轄官庁が特別輸送体制を敷き、臨時便などが大増発される。

 では、どれほどの規模の大移動なのか。国家発展改革委員会の予想によると、今年の「春運」期間である2013年1月26日から3月6日の40日間に、帰省・Uターンする延べ人数は前年の春運期間に比べ8.6%増加の34億700万人に上るという。

 この人数を中国の全人口約13億人で割っても、1人当たり2.6回の移動になる。実際、春運で移動する人々は出稼ぎ労働者が中心で、それに学生、都市に定住した者の帰省客が加わる。国家統計局の調査によると、2011年時点で全国の出稼ぎ労働者数は約2億5,000万人であることから、春運での移動は、片道だけで数回も乗り換えなければならない人がほとんどと考えた方が妥当であろう。かなりの苦労である。

■バス利用者が約9割■

 日本では、帰省・Uターンの交通手段は電車、飛行機、マイカーが中心であるのに対し、中国では中・長距離バスなど道路の利用が約9割を占める。34億人のうち、鉄道利用者は前年同期比4.6%増の延べ2億2,500万人、道路利用者は同9%増の延べ約31億400万人、水路は同1.5%増の延べ4,308万人、空路は同5.2%増の延べ3,550万人となっている。バスの場合、臨時便の増発が比較的簡単であるうえ、鉄道が整備されていない辺鄙な農村部にも辿り着くことができ、しかも低価格であることなどが、多数を占める理由と考えられる。

■鉄道輸送能力の不足

 鉄道の利用者は全体の1割未満だが、輸送能力が著しく不足しているため、混雑ぶりは凄まじい。春運期間の鉄道利用者2億2,500万人を40日間で単純に割ると、1日当たりの利用者は560万人強になる。しかし、中国全国の鉄道の1日当たり座席数は合計で約400万席にとどまっているので、1日当たり160万人、40日間で合計6,400万人分の座席が足りないという計算になる。さらに、実際の需要は、旧正月直前の約1週間の帰省ピークと、三が日過ぎてから約1週間のUターンピークに集中するため、この時期の輸送能力不足がもっと深刻である。

■鉄道切符争奪戦■

 輸送能力が限られているので、鉄道での移動は切符購入の段階から大混雑が始まる。限られた切符を入手するため、切符売り場には人だかりができるのは例年の光景である。そこで、切符の販売効率を上げようと、鉄道部は2012年から高速鉄道(最高時速200キロ以上の在来線や高速鉄道用の新線)についてネット販売を導入した。

 しかし、ネット販売の受付が開始すると、サイトへのアクセスが集中し、サーバーがパンク状態となった。昨年は最初の1週間のアクセス数が1日当たり10億回に達した。今年も、1月にアクセス数が最も多い日は15億回を超えた。一部人気路線の切符は20秒で完売したという。

 これを商機と見た多くのネット企業は、「切符争奪ソフト」を相次いで発売した。自動更新機能によるネット販売専用サイトへの連続アクセスなどの方法で切符入手の確率を上げるものである。これがアクセス数を嵩上げした一因なのかもしれない。ただ、その後、鉄道部はこうしたソフトを発売した会社と面談し、その後、工業情報化部は切符争奪ソフトの禁止を発表した。

 一方、ネット販売を導入しても、切符の数が増える訳ではない。春運の主役である出稼ぎ労働者にとっては、むしろ切符の入手が余計難しくなった。というのも、ネットの場合、窓口より数日早く売り出されるので、窓口発売日にはほとんど切符が残っていない。また、そもそも出稼ぎ労働者の多くはパソコンを持っていないし、ネットも使えない。以前は徹夜で窓口に並べば、まだ切符を入手する希望が残されていたが、今はその微かな希望すら奪われたと嘆く出稼ぎ労働者もいる。

■「春運」は解消されるか■

 「春運」の混雑の背景には、中国の社会発展という大きな問題があると指摘する中国の学者が少なくない。中国人の郷土に対する思い入れ、都市・農村や沿海・内陸という二元構造がもたらす地域格差、資源配分の歪み、戸籍制度、輸送能力の不足などが複合的に作用し、「春運」の混雑を生んだ。

 このため、「春運」の解消には、出稼ぎ労働者の出身地の発展や、出稼ぎ先での定住を可能にする戸籍制度改革など抜本的な対策が必要だと提案されている。しかし、これらは一朝一夕で実現できる対策ではない。旧正月に帰省しなければならない人々にとって、「春運」の混雑との戦いはしばらく続きそうだ。

(李粹蓉 株式会社ニーズ キャピタルデザイン/主席研究員)

【執筆者略歴】
1988年京都大学経済学部卒業。1990年野村総合研究所に入社、2004年野村證券に転籍、同金融経済研究所経済調査部シニアエコノミスト、2006年野村資本市場研究所主任研究員、2007年野村アセットマネージメント総合企画室シニアマネジャー。野村グループでは約18年間勤務、その間エコノミストとして、統計データから経済構造、政治、社会など幅広い角度から、中国経済および中国金融資本市場を鋭く調査・分析。中国の金融・経済情勢に精通。平成13年度国際金融情報センター「中国研究会」(財務省委嘱)委員。

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