中国面面観

“吊絲”――台頭する中国の新しい消費パワー――

2014.03.12

2012年に“吊絲”という言葉が中国のネットで流行り始め、13年にそれに関する調査が発表され、注目度がさらに高まった。今では普通のサラリーマンから著名人まで、“吊絲”と自称する人が増え、これに照準を合わせた商品やサービスも相次いで生まれ、成功を収めた。いったい“吊絲”とは何ぞや――。

■“吊絲”vs“高富帥”■

 まずは“吊絲”の漢字について説明しよう。この文章では「吊」と表記しているが、実際に中国で使われているのは、「尸」(しかばね)の下に「吊」がある文字。日本にはない漢字なので、便宜的に「吊」と表記する。一方、「絲」は「糸」の旧字体。日本の新字体で「絲」は「糸」と省略されたが、中国の簡体字(中国本土やシンガポールで使われる漢字の字体)では「絲」に近い形をしているので、あえて日本の旧字体で表記した。一部の日本語ウエブサイトでは新字体を採用し、“吊絲”と表記することもある。

 “吊絲”はネット上の言葉遊びで誕生した造語で、決まった定義はないが、一般に、「背が低く、外見がダサく、収入が少なく、PCの前に長時間座り、限られた収入と大半の時間をオンラインゲームや、ネット動画、ネットショッピングに費やす人」のことを言う。「オタク+負け組」というイメージ。日本語だと「ネト充」や「非リア充」に近いかもしれない。元々は男性にだけ使っていたが、女性にも使うようになった。

 “吊絲”はしばしば「高富帥」(高=高身長、富=金持ち、帥=イケメン)の対義語として使われる。マイナス・イメージに満ちた言葉の“吊絲”だが、実は「俺は“吊絲”だ!」と、自嘲気味な調子で使われることが多い。今では、自他とも認める本当の“吊絲”だけでなく、普通の会社員から、客観的に見ても「高富帥」の人、オンラインゲーム会社の若きCEOや創業者まで“吊絲”と公言する人もいる。

■“吊絲”の生態■

 中国の「捜狐財経」(business.sohu.com)というサイトがネット上で行った調査によると、年代別で、「80后」(1980年代生まれ)の81%が“吊絲”と自称し、各年代の中で最も多く、「70后」(1970年代生まれ)が70%、「90后」(1990年代生まれ)が65%となっている(「后」は「後」の簡体字)。

 職業では、プログラマー、メディア業の各97%、学生の91%、金融・銀行勤務者も60%が“吊絲”と自称する。

 “吊絲”の特徴の一つが低収入だが、実際のところ、どうだろうか。同調査によると、「月収6,001~8,000元(1元=約16.6円)の男性」と「月収3,001~6,000元の女性」のうち、それぞれ82%、66%が“吊絲”と自称する。北京市の一人当たり可処分所得3,000元強と比べると、“吊絲”と自称する多くの人たちは金銭的にそれほど貧しいとは言えないようだ。

 また、消費志向については、48%の“吊絲”が「品質」を、26%が「ファッション性」を重視する一方、「生活必需品」を重視する人の割合は8%にとどまる。“吊絲”であっても、「安かろう、悪かろう」ではなく、きちんと質を求めるのだ。

 夜の過ごし方では、59%が「ブラウジング」(ウエブサイト等を閲覧すること)と最も多い。21%が「恋人・友人と会う」、12%が「街をぶらぶらする」、4%が「スポーツ」となっている。

■“吊絲”をターゲットに成功した商品■

 “吊絲”は富裕層ほどの購買力はないが、何しろ数が多い。また、物価が上昇していることもあり、多くの“吊絲”にとって車や家などは高嶺の花であり、高級ブランド品を買うより、“吊絲”たちは自分で負担できる範囲内で消費することを選択する。その多くはネットと関係する。

 彼らを標的とする商品やサービスも次々と生まれ、ネット大手の騰訊控股(00700.HK、以下「テンセント」)や、電子商店街等を運営するアリババ・グループのように成功した企業も少なくない。テンセントの8,900万人の有料会員は昨年7-9月の3カ月間、チャットアプリのアバター(自分の分身として画面上に登場するキャラクター)の着せ替えに一人当たり120元を使った。

 また、昨年6月にアリババ・グループのネット決済サービスであるアリペイに、「余額宝」というファンド投資の新機能が追加された。アリペイでネットショッピングや携帯電話料金を支払い決済を行い、残った資金を1元からファンド投資に充てることが可能。銀行預金よりも高い利回りが得られるようになっている。サービス開始から約8カ月、利用者数は4,900万人、運用資産残高は4,000億元を超えた。投資家の平均年齢は28歳である。

■“吊絲”を制する者は中国の消費を制する?■

 中国の個人消費の状況を見渡すと、政府の倹約令で公務員の贅沢な消費は抑えられ、高級品や高級ブランドを追い求めるのは一部富裕層に限られる。期待される中間所得層もまだ発展途上。こうしたなかで“吊絲”がその膨大な数を背景に、中国の消費をけん引していくことも十分に考えられる。今後の企業は、“吊絲”という自称「負け組」を制してこそ、「勝ち組」になれるのかもしれない。

(李粹蓉 株式会社ニーズ キャピタルデザイン/主席研究員)

【執筆者略歴】
 1988年京都大学経済学部卒業。1990年野村総合研究所に入社、2004年野村證券に転籍、同金融経済研究所経済調査部シニアエコノミスト、2006年野村資本市場研究所主任研究員、2007年野村アセットマネージメント総合企画室シニアマネジャー。野村グループでは約18年間勤務、その間エコノミストとして、統計データから経済構造、政治、社会など幅広い角度から、中国経済および中国金融資本市場を鋭く調査・分析。中国の金融・経済情勢に精通。平成13年度国際金融情報センター「中国研究会」(財務省委嘱)委員。

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