中国面面観

スタートラインで負けられない――中国の教育事情

2014.05.22

 中国では「望子成龍、望女成鳳(息子が龍になることを願い、娘が鳳凰になることを願う)」という古い諺がある。我が子の出世を願う親の気持ちの表れともいえる。古くは科挙があった時代から子どもへの英才教育を重視してきた中国だが、時代が変わった今でも、その気持ちは強くなる一方だ。「子どもにスタートラインで負けさせるわけにはいかない」と口にする親も少なくない。果たして、我が子にとっての「スタートライン」はどこになるのだろうか。小学校、幼稚園、生まれた日?いや、妊娠したその日と考える親もいる。

■子どもに3つ以上の習い事をさせる?■

 『捜狐教育業界白書2013』によると、子どもの習い事にかける月平均額が家計に占める割合は、前年に比べ増加した。「500-2,000元/月」の家庭が38%を占めたほか、「2,000元以上/月」の家庭は54%に上り、前年の50%からやや増加した。

 半分以上の家庭が年間24,000元(40万円)を支払っているということだが、これは決して小さな出費ではない。習い事の中身を見ると、約半数(48%)の保護者が学習関連を選んでおり、それ以外は35%。このほか17%は電子製品や学習設備の購入にあてているという。また、こうした保護者のうち、半分以上は3つ以上の習い事をさせており、72%はその目的として進学や素養の向上と答えている。

 2013年は中国の大学入試制度改革にともない、各地で新ルールが相次いで打ち出された。北京では「全国大学統一入試」において、2016年から国語(中国語)の配点が150点から180点に引き上げられる一方、英語の配点は150点から100点に引き下げられることとなった。また、英語の試験は大学統一入試の当日に行われるのではなく、入試前に年2回実施される試験の最高得点が採用されることとなった。

 こうした動きは子どもの習い事に影響を与えると思われたが、調査の結果、7割近くの保護者は英語の配点が引き下げられたとしても、引き続き英語塾に通わせる方針であるほか、半数以上の保護者は国語(中国語)の配点が引き上げられたとしても、国語の補習塾に通わせるつもりはないと回答した。入試制度の改革は進むものの、子どもの習い事への影響はまだそれほど大きくなさそうだ。


■4割の保護者は早期教育を選択■

 同調査によると、幼稚園や早期教育教室に通わせる比率はそれぞれ83%、39%となっている。さらに、保護者は教育にお金を惜しまず、早期教育に毎月2,000元以上かける家庭は35%に上る。早期教育の具体的な年齢を見ると、3-6歳の子どもが最も多く(49%)、次いで1-3歳(27%)となっており、1歳以内から早期教育教室に通い始めた子どもも8%いる。早期教育教室を選択する際に重視することとしては、6割の保護者はコストパフォーマンスとしており、3割が環境と安全、残り1割が家からの距離や利便性との結果であった。

 一方で7割の保護者が早期教育教室の内容について、決して充実していたものではなく、教師の質もまちまちとしている。さらに、2割超の保護者は幼児教育機関の料金システムの不合理さ、営業のしつこさ、権利保護を訴えるのが困難といったことをあげており、早期教育を妨げるような潜在要素も指摘されている。逆に言えば、早期教育の内容や料金システム、教師の質などを整えていけば、そこにはまだ膨大な需要が潜んでいると言えるかもしれない。

■進学校学区の不動産が高騰■

 中国では古くから「孟母三遷」という美談がある。これは、孟子の母が子どもの教育環境のために三度も引っ越ししたという故事であるが、現在の中国でも通じるものがあるようだ。ここ数年、中国では進学実績の高い小中学校の学区内にある「学区房」と呼ばれる住宅が異様な高騰を続けている。今年3月の北京の夕刊紙『法制晩報』によれば、北京市内の一部の「学区房」は16平米の部屋が450万元(7,417万円)で販売されたそうだ。最も人気のある学区では、なんと1平米30万元(494万円)にまで値が吊り上っているという(1坪単価99.3万元=1,637万円)。

 恐らく教育に無関心な人には理解できない話だろう。北京の平均的な住宅価格は1平米3.8万元程度(2014年3月時点)であり、「学区房」はこれの1桁上をいく。景気の後退懸念を受け、じわじわと不動産価格の下落が進む一方で、こうした人気学区の不動産価格が上昇し続けていることは、まさに「スタートラインで負けさせるわけにはいかない」という親の意気込みそのものだ。我が子を思えばこそ、少しでもいい学校に入れたいというのが親心なのだろう。

■短距離走じゃないと分かっているが…■

 中国は13億人の人口に対し、大学の数は760校程度であり、単純に割り振れば、大学一校あたり175万人となる。これに対して、米国は人口3億人、大学数は2,300校あり、大学一校あたりの平均人数は12.6万人という計算になる。米国に比べると、中国の教育資源はまだまだ乏しいのが現状だ。

 現在は「80後(1980年代生まれ)」がちょうど親になり始める時期である。中国経済はここ30年程度で著しく成長してきた。胎教などという言葉すらなかった時代に生まれた彼ら自身も、実は親から勉強しろとプレッシャーをかけられてきた世代でもある。豊かな時代に生まれた我が子が、激しい競争の中でも負けないように彼らも親として知恵を絞っているのだろう。

 「子どもの成長は短距離競走でも中距離競走でもない、マラソンのようなものだ」とは言いつつも、やはり子どもに早い段階からハイレベルな受験教育を受けさせようと考えてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。義務教育があっても何とか名門校に入れさせようとする考えは強く根付いており、教育改革が続く中でこのようなジレンマは今しばらく続きそうだ。

(結城 氷奈 株式会社ニーズ 中国エコノミスト)

【執筆者略歴】
 2007年北海道大学法学部卒業、同年第一生命保険相互会社に入社、同5月第一生命経済研究所に出向、中国経済担当エコノミスト。Bloomberg TV中国経済コメンテーター。日本経済新聞、週刊東洋経済、モーニングスター、株式新聞などのメディアへの寄稿多数。

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