中国面面観

英語をめぐる受験論争

2014.07.17

 中国では6月上旬(例年7-8日)に「高考」、つまり大学受験シーズンがやってくる。「十年寒窓無人問、一挙成名天下知(苦学の十年間は誰からも関心を持たれなかったが、ひとたび合格すれば天下に知られる)」という古い諺がある。学歴社会を代表する「高考」は、人生の最初にして最大の山場と言われてきたが、今その改革が進められようとしている。

■英語の配点を引き下げ■
 中国の大学入試は1952年に始まり、途中で一旦は廃止となったが、1977年に復活した。現在の全国統一大学入学試験は6月に行われる1回のみの試験で、正に一発勝負だ。ただし、「統一試験」とはいうものの、実際には省・直轄市・自治区などの行政区分によってその内容は異なる。合格ラインも均一ではなく、地域ごとに異なる。

 2013年には中国の大学入試制度改革にともない、各地で新しい入試制度の案が発表された。北京では2016年から国語(中国語)の配点が150点から180点に引き上げられ、文科総合・理科総合が300点から320点に調整される一方で、英語の配点は150点から100点に引き下げられる方針が示された。

 また、英語は大学統一入試当日の試験ではなく、入試前に年2回実施される試験の最高得点で評価されるようになるという。北京の今回の改革の中で最も変化の大きかった英語の扱いをめぐっては、賛否両論の声が巻き起こった。科挙の伝統があった中国だけに、「高考」はたいへん重視される。それをめぐるルールが変化するのだから、教育現場に大きな影響が出るのは必至だ。

■英語学習の現状■
 これまで中国では、学生たちが多大な労力、時間、お金を英語学習に費やしてきたものの、その効果は小さかった。現在の教育体制の下で育てられた学生たちの多くは、読解力はあるものの、会話力には欠けるという偏った英語力が身についてしまっている。小さい頃から英語の試験で高得点を取り続けてきた人たちが、いざ外国人に話しかけられても、言葉を聞き取れないし、話せないという状態であり、外国人との交流を恐がるような有様だ。その一方で、勉強も英語も得意でなかった人が、海外で1~2年ほど生活すると、流暢な英語を喋れるようになったという例は数多い。

 幼稚園から英語を学び始めたとしても、使える英語力が身につかないのならば、そうした学習の意義そのものが問われる。中国の英語教育は受験対策としての傾向を強めており、日本の詰め込み教育にも似た状況だ。前述のような全国の大学入試で英語の配点が引き下げられた動きの背景もここにある。英語学習においては環境が重要であり、英語圏に行けば当然上達しやすい。一方、英語圏に行くつもりがないような学生にとっては、英語学習のモチベーションを維持するだけで精一杯だ。

■国語力の重要性■
 英語の配点が引き下げられた一方、国語(中国語)は配点が引き上げられた。中国でも勉強と言えば数学や英語を連想するが、実はどんな教科でも「言葉」は基本である。数学や物理、化学ももちろん重要だが、そこでも国語力がカギを握る。しかし、国語の勉強は一般的にあまり重視されておらず、国語教育はどちらかと言えば主流から外れている。

 その原因は短期間で国語の得点を高めるのが難しいためだ。国語力を高めるには大量の読書と長年の蓄積が必要であり、即効薬はない。一方で誰でも普段の生活で自然に母国語を習得することから、国語は数学や英語と違い、まったく勉強しなくても、ある程度は点数が取れてしまう。それゆえだろうか、国語については勉強してもしなくても、たいして点数は変わらないと考える学生もいる。このような背景から、国語の勉強時間は英語などの科目に奪われてきた。

 しかし、繰り返すようであるが、学力の基本は国語である。国語力が低下すれば、ほかの科目の能力も低下する。日本でも算数の文章問題でつまずく子どもが多いと聞く。国語は基礎科目であり、学生の考える力、言語力、表現力や価値観の形成に極めて重要である。国語力は知識や能力だけでなく、全体の素養に及ぶ。素養というのは知識を問うだけの問題だけで測ることが難しく、大学入試の国語試験の中に小論文が含まれているのもそのためだろう。

■学ぶとは何なのか■
 配点が引き下げられた英語だが、世界の共通言語(リングワ・フランカ)として役割を担っており、それを学ぶことはグローバル社会で生きていく上で必須であり、決して軽視できない。しかし、中国人でありながら文豪の魯迅すら知らないとなると、英語を学ぶ以前に、そもそも素養の面で問題とありと言えるだろう。

 「高考」が重視される中国の社会構造は今後も大きくは変わらないだろうが、名門大学を卒業したとしても、希望する職につけるとは限らないのが現実だ。就職浪人の誕生は、学歴神話が揺らいでいる証拠かもしれない。だからこそ、“学ぶ”とは何なのかをあらためて考える必要があるではないだろうか。

(結城 氷奈 株式会社ニーズ 中国エコノミスト)

【執筆者略歴】
 2007年北海道大学法学部卒業、同年第一生命保険相互会社に入社、同5月第一生命経済研究所に出向、中国経済担当エコノミスト。Bloomberg TV中国経済コメンテーター。日本経済新聞、週刊東洋経済、モーニングスター、株式新聞などのメディアへの寄稿多数。

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