中国面面観

激励橙(げきれいオレンジ) --新型農業と“不屈の起業家精神”の邂逅--

2014.12.19

 11月の北京。タクシーに備え付けの雑誌をめくると、オレンジ農園で微笑む老人の写真とその物語が目の前に開く。彼の名はチョ時建(チョ=衣へんに者)、昆明市郊外のオレンジ農園を経営している農民だ。しかし、彼が育てたオレンジは大衆に「チョ橙」、あるいは「激励チョ」(中国語:励志橙)と名付けられて北京の名物となり、不屈の起業家精神を味わう逸品となった。

■売り物は不屈の精神■

 チョ時建の人生は波瀾万丈そのものである。雲南省の貧しい農家の出身で、文化大革命時期に右派として打倒され、山に下放された。52歳で現地の煙草会社の社長に任命され、彼は様々な経営努力を通じて小さな地方国有企業をアジア最大の煙草会社に育て上げ、中国のビジネス界でも最も称賛される企業家になった。

 しかし、その後は悪夢のような人生が待っていた。汚職で告発され、妻・娘の投獄、娘の自殺、有罪判決…。2回の減刑を経て、2001年の「保外就医」(治療のための獄外執行)の後に、彼は妻と二人で昆明市郊外の荒れ山を請負い、山に住み込み、オレンジ農園を始めた。そして10年後、そのオレンジと共に、84歳の彼は人々の前に戻ってきた。

 彼のオレンジは2012年に北京市場で一大ブームを巻き起こした。中国を代表する多くの企業家がブログで彼の再出発を紹介したことをきっかけに話題となり、企業経営者が従業員のために、ビジネスマンは自分への励ましに、彼のオレンジをこぞって購入した。激励橙を食べることは、どん底でも、歳を老いても、努力と希望を捨てないという彼に敬意を払っているようだ。

■成功の背景に新型農業モデル模索も■

 激励橙はある種の精神の象徴だが、それだけではない。生産性と収益性は低いものの、多くの労働力を抱える農業が、いかに産業のアップグレートを図るかを示す一つの良い事例でもある。チョ時建の再起の成功要素はこの観点から見るといくつかある。有機肥料、糖度管理等の安全・品質を重視する理念、百数十戸の農家を組織し、マニュアル及び技術指導に基づく大規模生産、通販および直営店といった流通チャネル管理、提携ネット販社によるプロモーションなどが挙げられる。

 このような商業化によって、彼の農場は今や固定資産が8,000万元、年間生産量が8,000万トン、年間純利益が3,000万元まで拡大した。もちろん、チョ時建の物語と彼の精神は激励橙の魂である、ただし、他の要素も激励橙のブランド価値を支えるのに欠かせないものである。

 また、激励橙を北京市場に送り込んだ「本来生活ネット」の試みも面白い。この会社は生鮮食品のオンライン販売及び配送を行うベンチャー企業である。大きな特色は数多くのバイヤーを抱えて、全国の農家・農場を訪れて、有機食品を中心に、特色のある農産品をバイヤー体験と一緒に紹介・販売する点である。消費者がより豊かになり、食品の品質、安全性や食品ブラ

ンドへのこだわりも強まっている。  チョ時建の試みは生産サイドで農家を組織したというなら、「本来生活ネット」は販売者サイドで農家を組織しているかもしれない。個々の経済主体がその立場に立って、規模、技術、ブランド、流通、メディアとの露出、など様々な資源を使いながら、農業生産の付加価値を高める努力をしているように見える。

■経済構造転換期こそ熱望される起業家精神■

 農業だけではなく、中国経済そのものは大きな構造転換期を経験している。2012年以降、中国経済は明らかに減速してきた。外需低迷に加えて、国内は不動産市場が調整期に入り、地方の公共投資も反腐敗で勢いを失っていた。過去の不動産、公共投資を中心に形成された産業構造は調整圧力が高まり、新しい需要、新しい市場を発掘し、それに向けて新しいサプライチェーンを形成していく局面にある。

 起業家として、ゼロからスタートする勇気、クイックマネーではなく、10年間もの時間をかけて地道に良い商品を世に送り出す信念は、景気減速する中で苦闘する企業家にとって大きな励ましになっているだろう。

 北京は中国の政治の中心である。汚職で失脚した元国有企業トップが作ったオレンジが、北京のビジネス界で讃えられ、流行りになっていることは、政治的にやや寛容な感じはする。そう深く詮索しないが、チョ時建と彼の激励橙が代表する不屈の起業家精神は、この時代の波長とうまく共鳴していることは確かである。

 「私は一生困難を恐れない、人生は諦めない、希望を持つべき」と彼の言葉は響く。86歳のチョ時建は農園を見渡している。ここは30代の時に下放された山、彼の新妻、2歳の娘、生まれたばかりの息子と20年間の青春時代をここで過ごした。今の彼は子孫繁栄。娘の辞世、牢獄の禍、名誉の失墜、すべて時と共に去っていった。

(吉永東峰 株式会社ニーズ キャピタルデザイン 代表取締役)

【執筆者略歴】
1998年法政大学経済学部卒業。同年コカコーラに入社、資金財務、経営企画に従事。2001年ネットチャイナ(現、新華ファイナンス)入社、中国金融情報サービスの企画とマーケティングを統括。2003年青山学院大学MBA in Financeを取得。2006年EuromoneyグループISI Emerging Markets日本支社長。2007年11月スパークス・アセット・マネジメントの中国プロジェクトに参画、QFIIをはじめQDIIのマーケティング、中国ファンドの運用企画などに携わる。

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