中国面面観

老後の年金は大丈夫か --中国版年金制度崩壊問題--

2015.04.07

 中国に「養児防老」という諺がある。これは大事に子を育て、その子に親の老後の面倒を見てもらうという意味である。中国は儒教の思想の影響を強く受けており、その伝統的な考え方・意識は根強く残っている。しかし、経済成長や都市化の進展、一人っ子政策を背景にその考え方も次第に変化しつつある。

 また一方で、高齢化が進む中、定年退職後に政府から受け取る「養老保険」の財源が不足するという事態も生じ始めた。日本でも少子高齢化を背景に年金制度の崩壊が度々話題となっているが、中国も非常に厳しい局面に立たされている。

■1.3人の若者で1人の老人の養老保険を背負う?■

 中国の「養老保険」は日本の厚生年金に相当するもので、現役世代が支払った保険料が、定年を迎えた世代に年金として支払われる相互扶助の制度である。人社部によると、現在の中国の養老保険の扶養比率は3.04:1となっており、1人の老人を3.04人の若者で支える形となっている。この比率は2020年に2.94:1になり、2050年までには1.3:1と、若者1人あたりの負担割合は年々増加する見通しである。

 現在、中国の60歳以上の人口は全体の14.9%となっており、2050年にはその割合が38.6%に達する見込みである。1人老人の養老保険を1.3人の若者で支えなければならない計算となり、その負担は大きい。平均寿命の増加により、受取期間が長くなることに加え、物価の上昇で受取額も増加するなど、収支バランスには大きな圧力がかかっている。

■定年退職の年齢を引き上げ■

 中国の法定退職年齢は1953年に規定されたもので、一般女性50歳、専門職・管理職女性55歳、男性60歳となっており、定年退職年齢がすなわち基本養老保険の支給開始年齢となっている。また、基本養老保険に15年以上加入することが受給資格の条件である。しかし、法定退職年齢が定められた当時、中国人の平均寿命は40歳前後であったが、経済の発展や医療技術の発展に伴い、平均寿命は日々延びており、現在では74.8歳と当時と全く異なっている。こうした背景のもと、今年3月の全人代(第12期全国人民代表大会、日本の国会に相当する)では、定年退職を延長させる法案を今年中に制定し、2017年に正式に施行すると発表された。法案が正式に発表されてから実施されるまでには少なくとも5年以上かかる見込みであり、退職年齢は毎年数ヶ月ずつ延長される見通しである。

 現代の感覚でみると、一般女性が50歳で退職するというのは、確かに早すぎるかもしれない。60歳でもまだ老人でないと感じる方も多いだろう(日本でも60代の方に席を譲ると、老人扱いをされたことに腹を立てる人たちがいるというのはよく聞く話だ)。

■一人っ子政策が老後問題に拍車をかけた■

 中国では80年代から「一人っ子政策」を実施することで「4+2+1」という家族構成が出来上がった。一人っ子同士が結婚すると、夫婦2人で4人の親と1人の子どもを養うという家族構成である。ただし、経済成長とともに、人口の流動が激しくなり、地元から離れて生活する夫婦も増えてきた。親の老後の面倒をみるからと言って、仕事を辞めるわけにもいかず、これまで築いてきた生活基盤をそう簡単に捨てるわけにもいかない。親が病気になれば、場合によっては長期にわたる看護も必要になるが、思うように面倒をみきれていないのが実情だ。一方、昔から親を老人ホームに入れることは親不孝とみられていたが、親世代にも子どもに迷惑をかけたくないという意識が働いており、徐々に老人ホームで暮らすことを受けとめるようになってきた傾向がある。

 これまで都市部に住む夫婦に対しては、夫婦自身がそれぞれ一人っ子であった場合に限り、第2子を産むことが認められていた。しかし、高齢化社会が急速に進む中、労働人口を補うため、夫婦のどちらかが一人っ子でなかったとしても、第2子を持つことが認められるという「単独両孩」の政策が各市で相次ぎ発表されている。一人っ子政策では当時の出産率をコントロールできたものの、現在の高齢化を加速させるという事態を招いた。その結果、中国の社会保障制度の整備は高齢化に追いついていない深刻な状況にある。

■就職に対する圧力が増加へ■

 定年退職の延長によって、養老保険への圧力は長期的に緩和されるとみられるが、一方で若者の就職への悪影響も指摘されている。中国は大きな雇用問題を抱えており、今年の就職予定人数は1,500万人程度とされている。人力資源・社会保障部によると、定年退職者は年間600万人から700万人に達するとされているが、一方で昨年の新規雇用者数は1,322万人と、年間の定年退職者の倍程度の水準がある。今後、定年退職が延長されれば、労働力人口の増減のアンバランスにより、若者の就職への打撃は避けられない。当局は厳しい舵取りを迫られることになりそうだ。

 2050年には現在の「80後(パーリンホウ)」も70代に突入する。彼らは伝統的な観念にとらわれないため、有料老人施設をすんなり受け入れる世代だと思われる。高齢化が一足早く訪れた日本では老人ホームや介護施設等、高齢化に備える対応や商用ビジネスが進んでいるため、日系企業にとっては中国という巨大な市場において、大きなチャンスを狙える機会とも言えるだろう。

(結城 氷奈 株式会社ニーズ 中国エコノミスト)

【執筆者略歴】
 2007年北海道大学法学部卒業、同年第一生命保険相互会社に入社、同5月第一生命経済研究所に出向、中国経済担当エコノミスト。Bloomberg TV中国経済コメンテーター。日本経済新聞、週刊東洋経済、モーニングスター、株式新聞などのメディアへの寄稿多数。

中国株取引のリスク
株価や為替の変動等により損失が生じるおそれがあります。
中国株取引の手数料について
中国株の手数料は、国内手数料、現地手数料、為替手数料と3種類の手数料があり、このスペースに表示するのが難しいため、詳細は中国株の「手数料とリスクについて」でご確認ください。
中国株は、クーリング・オフの対象にはなりません。
詳しくは手数料とリスクについてをご覧ください。