中国面面観

青春御礼 --大学受験の日々--

2015.07.31

 「おじさん、抱きしめても良いですか?」

 緊張を抑えきれない女子高生が、高校正門前で治安維持をしている中年警察官に声を掛けた。警察官は微笑みながら、「良い成績を取れよ」と女の子を軽く抱きしめた写真は瞬く間にネットの人気話題になった。

 そう、この日は中国の大学受験の日。毎年の6月7~9日は、多くの若者の運命を大きく変える季節だが、2015年もさまざまなドラマがあった。

■すべてがスムーズな受験のために■

 受験生への自発的、制度的なサポートが近年多くなり、市民ボランティアの活動が広がっている。例えば、今年の受験シーズンに山西省のある地方都市では、千人あまりの市民が動員されたケースがある。

 彼らは多くのチームを組み、さまざまな場面でサポートを行っている。交通支援の分野では、一般市民やタクシー運転手がボランティア送迎を行うチームもある。試験会場周辺の渋滞を緩和させるための交通整理のほか、運転手に対するクラクション自主規制を呼びかけるグループもある。

 受験応援の分野では、試験会場の外に50張の赤いテントを設営し、“愛のアーケード”を作ったそうだ。受験生に必要な文具、水、応急医薬品を無料で提供しているほか、場外で学生を待つ付き添いの親族に、新聞・雑誌、椅子、熱中症予防スープなどを用意している。その他に、心理コンサルティングブースを設け、救急車両の提供など多方面からの配慮がなされている。

 制度的なサポートとしての警察官による交通整理・治安維持に加えて、2015年には身障者の受験生に対する支援措置も実施された。例えば、◆視覚障害者や弱視者に点字・大活字の試験用紙の提供、◆聴覚障害者にヒアリング問題用補聴器の携帯許可、◆車いす、つえなどの必要器具の持参・入室許可、◆特殊ケースにおける試験時間の延長――などが挙げられる。

 6歳の時に事故で両手を失った彭超さんは、人生2度目の大学受験に挑んだ。今年は身障者の特別措置によって、机・椅子の持参と30%の試験時間延長が認められた。足で小論文を書かなければならないというハンディがある程度解消されたことで、点数は昨年よりも大きく伸び、高ランクの大学に入学できる水準に達した。彭超さんは今の第一志望について、「中国政法大学で、法律を学びたい」と語っている。「自分の事故の場合、適切な賠償が得られなかった悔しさもあったので、将来は社会的に弱い立場の人々を法律で支援できる仕事に就く」ことが彼の志のようだ。

■小論文論争が突きつけられる未熟さ■

 受験後の主要イベントは試験問題への振り返りである。中国の場合は国語小論文の課題に対する評価が、議論の中心になりがちである。2015年は各地域で計16種の課題が出されたが、教育部の専門家は概ね時代の流れを反映していると評価している。

 例えば、教育部からの「科学者、職人、芸術家」の中から好きなタイプの職業を選んで論述せよという出題は、“技術革新”、“製造業強化”、“人文資質”の強化という現代中国に必要な価値観が含まれていると評価されている。「運転中も携帯電話を手放さない父親を危険運転で通報する娘」という出題は、法治国家の観点からの出題であったもようだ。

 また、四川省の「真面目な人と賢い人」、安徽省の「顕微鏡下の蝶々」といったテーマは受験生の自分なりのロジック構築といった創造的思考力を引き出すと教育部の専門家は分析している。ちなみに、文化大革命が終ったばかりの時期、大学受験を再開した初年度の小論文は「私の戦いの一年間」という鮮烈な時代色を帯びた題材。小論文の課題は38年を経て大きく変貌してきた。

 2015年の小論文は思いがけない理由で話題になった。その課題は前述の運転中に携帯電話を使う父親を通報する娘というもので、違法運転の父親、通報した娘、警察官の誰か一人を選んで、相手に事件と関係する手紙を書くという課題だった。

 この課題は実話に基づくものだったため、国語試験の翌日に当事者の女性のブログがさらされて、全国の受験生から数万件の苦情が殺到したのであった。苦情の中身として、「君が父親を通報したせいで、高校3年間の各種小論文の練習が無駄になった」といった内容が中心であった。一方で、学生達のこういった行為に対して、「手紙が書けないことを人のせいにするのはおかしい、これでも国の将来を支える人材だと自称できるのか」と辛辣な反論が多かった。

 課題の狙いは「正義と倫理の戦い」、「権威の間違いを指摘できる勇気」という価値観を思考させることだが、若い世代の自立した価値観を育てていくには、受験教育をさらに変える必要があると、ある教育専門家は語っている。

■ポスト受験期は新しいチャレンジでガス抜きを■

 大学受験という大きな試練を乗り越えた学生達の息抜きの方法も様々だ。大手ポータルサイトの百度が運営している掲示板では、以下のような統計結果を掲載している。

 受験後の夏休みに、48%の卒業生は「人生初の飲酒」を行い、33%の若者は「人生初の告白」を行い、13%の学生は「人生初の旅」に出て、13%の人は「人生初のアルバイト」を体験したそうだ。“温室育ち”と揶揄された若者の多くは、それなりの自覚もあるがゆえに、自分を鍛えて、自分を試してみる意識が、受験勉強から解放された後に強まるのかもしれない。

 例えば、湖北省漢口市に住む受験生の王蘇さんの選択は、姉が働く貴州省の山奥に教育支援ボランティアに行くことである。また、武漢市の銭さんの夏休み計画は、企業でのインターンシップに決めた。「会社というものを体験したい。もし収入がもらえたら、両親にプレゼントを買い、長年の苦労に恩返ししたい」と、銭さんは語っている。

 受験後は大学生活に向けた準備にいそしむ人が多い。百度の調査では、86%の学生が「携帯電話を変える」ことを考えているもようで、入学直前にノートPCを購入する予定の人も多い。近年では受験後の夏休みにプチ整形するブームが、女子学生の間で見られるようになった。中国医学科学院整形外科の王主任医師によると、今年は試験翌日に高校生の手術を施したそうだ。夏休み中に同病院で整形手術を受ける高校生は、近年では千人程度に上ると推測している。

 また、自分を磨く努力する人も多い。女子学生の胡さんは短期のダンススクール入学を検討している。タンゴかワルツを考えており、趣味を増やして自分の人間的魅力を高めようとしている。何か一目置かれるものがあれば、入学後にサークルでも活躍できると言い、受験で抑えられた自分の芸術的な側面を見せたいようだ。

 受験後の夜、ある高校三年生の担任はクラス全員に激励の手紙を書いた。「青春は人生で最も美しい歌。真心でその歌を作り上げ、未来の日々に響かせてください!」

(吉永東峰株式会社ニーズキャピタルデザイン代表取締役)

【執筆者略歴】
1998年法政大学経済学部卒業。同年コカコーラに入社、資金財務、経営企画に従事。2001年ネットチャイナ(現、新華ファイナンス)入社、中国金融情報サービスの企画とマーケティングを統括。2003年青山学院大学MBA in Financeを取得。2006年EuromoneyグループISI Emerging Markets日本支社長。2007年11月スパークス・アセット・マネジメントの中国プロジェクトに参画、QFIIをはじめQDIIのマーケティング、中国ファンドの運用企画などに携わる。

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