中国街角ウォッチ

あのころ・そのとき「~こよひ しぐれか~」

2011.01.26

~こよひ しぐれか~

 新春のある日の夕暮れ、となりの駅前のクリニックへと坂道を下っているとき、“こよひ しぐれか”とひとりごつし、“ひとりゆく”との思いが湧いた。

 小学校の校庭にはもう児童の姿もなく、坂道を上がってくる人影も見えない。

 わたしのこころは晴れないまま、“こよひ しぐれか”とリフレインした。

 そして、日本のメディアはなぜ、いつも同じような語り口の報道をくりかえすのだろうかと考えていた。

 三年前に中国製の“毒ギョウザ”事件があった。

 当時日本のメディアはその犯人探しと中国の対応に話題を集中していた。

 先輩の依頼で、退職教師の会合でこの話をすることになったのはまだ春先のころであったか。

 この事件をどう見るか、真相は?とその解説を求められたのであろうが、わたしはこのギョウザの輸入に係わった日本の業者の姿勢に問題がある、とつぎのように話し始めたのであった。

 日中貿易の草創期、輸入はサンプル買いで始まった。

 広州交易会で、はじめて冷凍のほうれん草を3トン契約して、阪神百貨店の「大中国展」で展示・即売したのは40年ほど前、日中両国の国交が回復する直前のころであったろうか。輸入担当者によると交易会で見たサンプルはもっと小ぶりであったとのことだが、わたしの目から見てもこれはかなり収穫の遅れた“トウ”の立った代物。お客さんからも「ホウレンボク(木)?」と冷やかされ、最後は有料での“沖合い廃棄”処分とあいなった。ビジネスは“性悪説”でと思い知り、それからは念には念を入れての対応を心がけた。

 日中国交正常化直後の中国はまだ“文革”の後半期。

 三来一補という見本提供、材料提供、部品組立などの輸入形式が主流となり、委託加工先へは日本から技術者も派遣されて品質改善に取り組んだ。

 そこで二つの問題が明らかになった。

 委託はあくまでも生産の委託であって、経営権はおろか技術指導を施した職員の配置や移動にも口を挟む権限がない。ましてや検査・物流などはすべて先方のオプションとなる。

 改革開放がはじまった80年代の初めでも、委託加工の主流品は衣料関係であったが、ある大手スーパーに納入していた業者の中国製衣料品に折れた針が混入していた。たかが針一本の問題ではない。消費者の指摘を受けたこのスーパーは、納入業者に“信用失墜”補償金として五百万円のペナルティを科し、今後再発すれば取引の停止をと通告した。以後この業者を含め同業各社は中国の委託加工先に検針装置を持ち込み、日本の港湾における仕分け作業の現場でも二重・三重の検針・検査の網を張った。

 90年代に入ると同じ苦労をするなら自分の手でと、ほとんどが委託加工をやめて合弁企業の設立へと向かっていったのである。

 日本の消費者に中国の商品を提供する企業は、それぞれの分野でその品質と安全性に責任を負わなければならない。

 毒ギョウザを提供したのは誰であったのか。

 冷凍食品の製造経験がない畑違いの日本の大企業がその主役であった。同社はその業務を商社に丸投げし、商社は中国の食品メーカーに生産を委託した。現地駐在の商社マンは時折その工場を訪問するだけ。消費者の代表たる流通業者もこの輸入ルートになんら疑念を抱いていない。

 事件の発生後、日本のそれぞれの業者はメディアの犯人探しと中国の対応報道に便乗して被害者づらをして姿を隠している。流通業者が納入業者に“信用失墜”補償金を要求したという話も耳にしていないし、商社は委託加工先が倒産したので他の工場を探していたとも聞く。この事件のあと、他の要因もあって日本の冷凍食品専業メーカー(中国にも10余年前から進出している)がこの納入企業の系列に入ったという情報はあるが、メディアはそのことにもコメントせず、“犯人捜し”に没頭、上滑りの情報のみを流して人々を惑わせている。

 1月16日の「日経」と「産経」に<北朝鮮の羅津港に中国軍進出>の記事が掲載されている。「日経」は北京発でおよそ半頁の構成、「産経」はソウル発で二段50行ほどの記事である。見出しは「日経」では横に「北朝鮮特区に軍駐留か」、縦に「中国、日本海に拠点」「北東アジア安保に影響も」「港湾、商業利用始める」とあり、「産経」では縦に二本「北の羅先に中国軍駐留」「投資施設警備か」となっている。「日経」ではさらに羅津港の解説と識者のコメント「中国軍艦寄港想定の可能性」が掲載されている。

 わたしはこの記事を見て、見出しとは関係なく?20年ほど前に国連のUNDPが提唱した中国・露西亜・蒙古・北朝鮮・韓国などをふくめた地域開発計画がいよいよ具現化へ進み始めたと思った。

 当時の構想では政治的には複雑に絡み合った同地域に「第二の香港」をつくり、それを窓口に周辺地域の開発を進め、政治的緊張緩和を推し進めるというものであった。

 わたしはこの構想に興味を抱いて、93年に中・朝・露国境の琿春を訪問したことがある。中国はすでに先行投資を決定、街中は土埃の舞い上がる開発途上にあったが、その帰路、省都長春市で責任者にヒアリングすると、朝・露とも現地決裁が出来ずに困っているとのことであった。

4年前の春、同地を再訪した。

 朝・露の対応には大きな変化はなかったが、同地は国家級の開発区となり韓国や日本の企業もすでに進出していた。まだ物流は大連経由だったが、「借港出海」でロシアのザルビノ港や北朝鮮の羅津港の利用、バースのレンタル・改修で韓国の清津や釜山、日本の舞鶴、新潟への物流が可能になるとの期待が高まっていた。

 「日経」によると吉林産出の石炭2万トンが昨年末羅津港から積み出され、上海に到着したという。蒙古を含む中国東北三省の産品が琿春~羅津から日本海に積み出されることの意義は大きい。日本海を「平和の海」にするかどうかは、関係諸国の相互理解と積極的な協調が必要である。いたずらに緊張をあふるような報道は慎まれねばなるまい。

 同じ日、神戸新聞の「著者に聞く」欄に『暗殺国家ロシア』の著者・福田ますみさんのインタビューが載っていた。その最後はつぎのように締めくくられていた。

 「日本のマスコミも・・・深い取材をしないまま同じ方向に突っ走ってしまうときがある。私はフリーの記者として少数派の声を聴いていきたい」

 うしろすがたのしぐれてゆくか      

          =山頭火=

(原田 修)       

【執筆者略歴】

 大阪外大仏語科卒業(1957)後、中国ビジネスに取り組むこと半世紀。前半の25年は輸出入、委託加工、「大中国展」催事(主宰)など。後半の25年は対中投資、進出企業の経営管理などのアドバイザー。初訪中(1964)のあと200 余回の訪中&中国を周辺諸国から観察の旅。会社役員、団体役員を歴任。数年来「市民講座」などの常連講師のほか、『中国ビジネスえとせとら』、『徒然中国』を業界紙などに連載・送信中。

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