中国街角ウォッチ

あのころ・そのとき「~再会の食卓・・・~」

2011.03.30

~再会の食卓・・・~

 この中国映画を観たのは、地震の二日前であったが、筆がとれないままに、十日が過ぎ、半月が経ち・・・

 そして、いま、あのユーチューブ、そう、あれでこの予告編を繰り返し観た。

 子供たちの歌声は、そうだ、「旅愁」のメロディだが、「♪チャン ティーン ワァイ グーダオビエン(長亭外 古道辺)・・・」と聞こえる。数十年ぶりの「再会」を奏でる歌の調べだ。

数十年ぶりの再会。

 ファーストラブは心の奥底深くにしまっておくべきものだが、これはそんな淡い初恋の物語ではない。あの別離のとき、すでに子供を身籠っていた新妻と国民党兵士であった夫との再会のおはなし。

 彼女(ユィア・玉娥)の許に台湾から一通の手紙が届いた。

 一九四九年五月のあの時、上海から最後に撤退した国民党軍の兵士(リゥイェンション・劉燕生)からの数十年ぶりの便り。中台の交流がはじまり、国民党軍兵士の“里帰り”訪問が認められるようになったので、仲間たちと上海へ行く。是非お会いしたいとの文面。

 これは映画だから、その時代背景なり、設定はどうでもいいのだろうが、事実としての“里帰り”は九十年代の初めからはじまっている。これにはシナリオも書いたワン・チュエンアン(王全安)監督も苦労したらしいが、映画で中台交流史が描くのが目的ではない、ということで推し進めたようだ。

 玉娥にはいまの夫(ルーシャンミン・陸善民)との間に娘があり、あの人との息子もいる。

 その日がやって来た。

 上海の路地奥には隣近所の人があふれ、子供たちの歌が流れる。

 ♪チャン ティーン ワァイ グーダオビエン・・・♪

 そして、あの人が大きなボストンバッグを提げてやってきた。

 「再会の食卓」には一族郎党がすべて、娘と婿、孫と独身の息子が集い、地元街道委員会のおばさんが歓迎の杯を挙げる。

 夫の陸善民はその名の通りの好好爺。家内に寝床を用意させているから泊まっていけ、と話す。

 それからの日々、奇妙な共同生活が続く。

 孫娘(ナナ・娜娜)の案内で工事中のマンションの階段を登っていくふたり。

 いま市内の古い街並みが開発され、その立ち退き先として提供される郊外の高層マンション。この窓の向こうにも同じような高層マンションが建つのよ、と孫娘。劉は意を決して、ユィアに台湾に一緒に来てくれないか、と話しかける。やきもち焼きの妻が亡くなった、ずっと連絡したかったんだが・・・台湾に花蓮というきれいな街がある、そこに家を建てよう、どうだ、来てくれないか、もう一度やり直そうよ。ナナの携帯が鳴る。彼からだ、なによ!急に、アメリカに行くって!!

 家族会議が紛糾する。

 娘が猛反対、どうして?いまごろになって!!娘婿はどう補償するんですか、と迫る。いま手元に十万元ありますと、劉。そんな端金(はしたがね)、郊外のマンションのトイレのカネにもならない!と激昂する娘(筆者注:中国ではマンションはすべてスケルトン渡し。内装は各自の好みと費用で行う)。お父さんはどうなの、と迫る娘に、ルーはお母さんに任せる、という。

 ルーとの離婚が決まった夜の、三人だけの食卓。

 酒が入り、ルーはあのとき岸壁で泣き崩れていた身重なユィアを助けて、やがて結婚したいきさつを語りはじめる。元国民党兵士の妻と産まれてきた男の子、文革中はスパイと痛みつけられ、溶接工を退職したときも息子を優先採用もしてくれなかった(筆者注:八十年代は就職難で親が早期退職すると、その子供は優先採用された)。兵隊の同僚で副将軍になったものもおり、党幹部になったものもいると、この数十年のあれこれが一挙にルーの胸中によみがえり・・・そして、倒れる。

 病室でお母さんのせいよ、と迫る娘。申し訳なさで胸が掻き毟られる思いのユィア。幸い、軽い脳卒中で、夫は退院できた。

 孫のナナに案内してもらって、ルーの栄養になりそうな食材を買い求めるリュウ。上海語はしゃべれないが、聞くことは出来る、とそれでも簡単な上海語を口にする(字幕ではわからないが、それは微笑ましい光景だ)。もうユィアを台湾へ連れて帰ることはあきらめた。いまは少しでも“兄さん”の健康回復のためにと、さらに高級な食材を求めて走り回る。

 そして、最後の晩餐。

 リュウは五十近くなっても独身の息子に、これで嫁でももらって世帯をもってくれと十万元を渡そうとするが受け取らない。

 子供たちは帰り、いまは水入らず?の老人たち三人。

 打ち解けた兄弟のように、ユィアを囲んで話が弾む。

 二人の歌に、それは俺も知ってると歌いだすルー、これまで知らなかった夫の姿に思わず家族のために犠牲になって尽くしてくれた夫の優しさに涙ぐむユィア。

 リュウは台湾に帰り、孫のナナと三人で郊外のマンション住む玉と陸の老夫婦。元の老街の家は取り壊され、隣近所の人たちもそれぞれがどこかのマンションに移っていった。人のつながりが無くなり、と・・・ナナの携帯が鳴る。二年だけよ、と念押しするナナ。彼がアメリカに行くことになった。わかった、そこへ行く。孫も出かけて、部屋には二人だけ・・・そして、ジ・エンド。

 この映画は、台湾を刺身のツマにしたシャンハイのいまの家族関係と住宅事情を描き出している。上海の人でも四十歳以下はルーが酔って話すその半生の出来事は理解できないであろう。ルー役を好演した許才根は、上海のテレビなどでもよく見かけるタレントである。ユィア役の盧燕はどこかで見たと調べたら、あの「ラストエンペラー」の西太后を演じていた。リュウ役の凌峰は青島生れだが、台湾育ちのタレント、いまは中台の架け橋として活躍している由。映画のなかでリュウが語る金門島での要塞構築の苦労話は、一昨年の春、その現場を見ているだけに身につまされる思いがした。

 この映画は昨年のベルリン国際映画祭で銀賞を獲得した話題作。中国国内でも昨年最高の興行成績を上げたといわれている。監督の王全安(ワン・チュエンアン)は、わたしの好きなジャ・ジャンクー(『長江哀歌』ほか)と同じ第六世代の監督だそうだが、これまで彼の映画は観る機会がなかった。

 この映画の、東京、大阪での上映は終わり、これから神戸、京都へと順次上映の予定である(詳しくはインターネットなどで)。是非ご覧いただきたい作品 である。

 末尾ながら今回の震災で別れ離れになられたご家族との再会と一家団欒の集いが一日でも早く実現できますよう衷心より祈念申し上げます。

(原田 修)    

【執筆者略歴】
  大阪外大仏語科卒業(1957)後、中国ビジネスに取り組むこと半世紀。前半の25年は輸出入、委託加工、「大中国展」催事(主宰)など。後半の25年は対中投資、進出企業の経営管理などのアドバイザー。初訪中(1964)のあと200余回の訪中&中国を周辺諸国から観察の旅。会社役員、団体役員を歴任。数年来「市民講座」などの常連講師のほか、『中国ビジネスえとせとら』、『徒然中国』を業界紙などに連載・送信中。

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