中国街角ウォッチ

あのころ・そのとき「~危機常在~」

2011.05.23

 ~危機常在~

 「危機常在」、わたしがこの言葉をはじめて耳にしたのは89年の7月であった。そう、あの事件の、一月後のこと。

 そのころ、わたしは中小企業事業団の海外投資アドバイザー(中国)を兼務、名古屋から鹿児島までの西日本を担当して毎月一~二件の相談をわたしの事務所で受けていた。

わたしがそれまでの対中ビジネス(貿易)から対中投資アドバイザー(諮詢)に転じたのは83年で、すでにふたつの合弁製造業を設立・操業、この年の3月には日本料理店設立の契約調印を終えたばかりであった。

その前の年には、上海で五十数名の日本の中小企業家を集めた対中投資セミナーを上海当局と共催、中小企業事業団関西大学校(@姫路)事務局とは対中投資連続講座開催(7月)のプログラムを作成していた。

6月4日の、あのとき。

テレビの画面で戦車が学生を追いつめたとき、わたしはあぁ、これで対中ビジネスはしばらく開店休業かと、58年の「長崎国旗事件」による日中貿易中断の歴史を思い浮かべたが、翌週からも対中投資の相談は断続的に続き、7月開催の連続講座には定員を上回る応募者があった。

受講者もわたしも同大学校の宿舎に泊まりこみ、5日間の合宿講義。

最終日の最後の講座が、Sさんとわたしの対談、というよりはわたしがSさんの聞き手役を務めることになっていた。

Sさんは一部上場TE社の海外担当常務(のち代表取締役CEO、同会長を歴任)で、大阪ではお目にかかることはなかったが、上海の虹橋空港(大阪-上海は週三便しかなかった)とかホテルでは何度かお目にかかり、動物園横の同社合弁企業も見学するお付き合いがあった。

 - そのとき、どこにおられましたか
 - モスクワで商談中でした。
 - 事件の発生はなんで知りましたか
 - 本社からファックスで連絡が入り、展示会開催中の北京に電話しましたが通じませんでした。
 - それで・・・
 - 北京の展示会は長安街の民族宮で開催、社員たちは隣の民族飯店に宿泊していました。本社との通話でその付近が一番緊迫していることがわかりました。
 - 上海にはモスクワから電話が通じました。上海は平穏であるとのことでしたが、重要書類と貴重品は手元に置いていつでも退去できるよう準備を指示しました。
 - 上海から北京へ電話が通じたら、すぐ帰国するよう伝言を依頼。わたしはモスクワから北京へ電報で帰国命令を伝えました。
 - 結果は・・・
 - 北京の出張者(数名)は駐在員ひとりを残して即時帰国しました。
 - これは中国の事件ではありますが、経営を取りまく環境にはいろんなリスクが潜在しています。平時にあっても「危機常在」の気持ちで取り組むのが経営者として当然心がけねばならないことではないでしょうか。

これはもう二十余年も前の話であるが、今回の地震・津波と原発事故で関係者から「想定外」の発言が繰り返されるのは、不見識ではないか。古老たちの話に耳を傾けて津波対策と避難訓練を実施していたところは、比較的人的被害が少なくすんでいる。まして、東電をはじめとする原発関係者が「想定外の津波の規模であった」とするのは、責任回避も甚だしい。

ネットで調べたら「八六九年の大震災-貞観地震(M8.3)」なることばを見つけた(中央大学文学部教授石井正敏「情報の歴史学」<よみうり・オンライン、4月21日>)。

「震災後がぜん注目をあびているのが、八六九年(貞観十一)に陸奥国(むつのくに)一帯を襲った大地震・津波です。年号をとって貞観(じようがん)地震あるいは貞観津波と呼ばれ、専門家の間では良く知られており、特に今回の大震災を予見させるものがあるところから注目されています」

石井先生は六国史の『日本三代実録』貞観十一年五月二十六日条の記事を引用され、その臨場感にあふれた文章は「まさにTVに映し出される大津波の状況と重なり、胸に迫るものがあります」と述懐されている。

さらに調べていくと、この貞観地震(津波)は歴史学者のみの常識ではなく、「理科年表」にも掲載されていて、科学を志すものならば一度は目にしている有名な地震であり、原発関係者であれば当然その建設にあたっての立地調査などでこの歴史的事実が注視されていたはずである。それをしてなお「想定外」といいえるのかどうか。

先日ある会合でリスクマネジメントの専門家にそのことを尋ねた。

当事者がそのことを知っていたかどうかはさておき、カネをいくらでも注ぎ込めば今回以上の津波にも対応できる原発を建設できるであろうが、そんな高コストの電力は使用できるであろうかという回答であった。安全とコストの話に振り替わったが、これはリスクマネジメントの専門家の立場をこえている。

愛読しているブログに次のコメントがついた平安神宮の紅しだれ桜の写真集が掲載されていた。

「今年の桜は、ひときわうつくしい。東日本大震災で生きとし生きるものの無常と自然の移り変わりの日々変わらない姿を私たちの目に見せてくれているからか・・・・・ できる限り、今年の桜を愛でようと思う」

わたしは散り去っていった花にこころが移ろい、みどりにむせて日々をとまどい過ごしていたが、このブログの花を繰返し眺めているうちに、生きとし生けるものの重みにこころ打たれた。

わたしは上海の友人・知人にこの花を送り届け、がんばっているこころを伝えたいと思い、この桜の転送許諾を求めた。

数日後上海の知人(中国人)からメールが届いた。

「がんばれ 日本!
4月23日朝日新聞‘天声人語’で、島田陽子の詩を感動深く拝読。
震災後の日本への励ましに思えてならない。
原田さんのお便り又然り。頑張れ 原田!!
岩を縫って川は再び走り始める~ 」

 いまは亡き島田陽子さんに感謝したい、黙祷。

 (原田 修)

 【執筆者略歴】
 大阪外大仏語科卒業(1957)後、中国ビジネスに取り組むこと半世紀。前半の25年は輸出入、委託加工、「大中国展」催事(主宰)など。後半の25年は対中投資、進出企業の経営管理などのアドバイザー。初訪中(1964)のあと200余回の訪中&中国を周辺諸国から観察の旅。会社役員、団体役員を歴任。数年来「市民講座」などの常連講師のほか、『中国ビジネスえとせとら』、『徒然中国』を業界紙などに連載・送信中。

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