中国見聞録

世界から見た中国

第1回「社会主義的なのはどっちか」

90年代後半、故郷のドイツ・ハンブルクから留学のため初めて上海を訪れた。 当時の上海は留学前に抱いていたイメージとかなり違っていた。なかでも「 本当に社会主義的な国は、ドイツなのではないか」と感じたことは、今でも 印象に残っている。ドイツ社会はとにかくリスクを嫌うのに対し、中国は新 しいことに挑もうとしている。まさに19世紀の両国の状況と正反対だ。目前 のアメリカ発金融危機への対応を見ると、あらためてそう思った。

世界的な景気の減速を受け、保護主義の芽生えが懸念される今日、去年輸出 で世界2位の中国と1位のドイツが特に影響を受けやすいと思われるが、予想 通り両国は「保護主義的な政策を回避すべき」という共同声明を発表した。 だが、両国の動きは違う。中国はいち早く景気対策を打ち出したのに対し、 ドイツは政府内部の対立で統一感のある政策をなかなか出せなかった。しか し、ドイツでは雇用保険・生活支援などの自動安定化要因が充実しているこ とを鑑みると、この違いはただ単に景気後退への対応が異なるだけではない だろうか。ドイツ政府は社会的弱者にお金を払わなければならないのに対し、 中国政府の方が財源を比較的自由に使えるだけとも言える。

◆中国の景気対策と低所得者層

中国はどういう使い道を選んだのか。すでに発表された政策は、間接あるい は直接的に需要を引き起こすかによって概ね二つのグループに分けられる: (1)支援策としての補助金や税制優遇策、(2)インフラ建設などの直接 投資。西部地域への優遇策や「家電下郷」(農民による家電購入の促進策) など農村部に重点を置いた政策は一見平等な資産・所得の分配を目的とする ように映る。だが、家電下郷というのは、カラーテレビ、冷蔵庫、洗濯機と 携帯電話の購入に当たって、13%の補助金を貰うことである。つまり、87% 分のお金がなければ、補助金を受け取れない。新しい医療制度も同様だ。新 型医療合作と基本医療保険の被保険者比率を上げるのは社会の平等に貢献す る。しかし、地域が決める保険金支給のルールに問題が存在する。たとえば、 医療費を全額払った時に初めて治療を受けることができ、その後は一部しか 保険金として受け取れない仕組みがある。お金が無い人はともかく、医療費 を立て替えることが困難で、清算を申請しても、本当にお金を取れるかどう かを疑わしく思う患者やその家族は収入の割に高い治療法を避けるだろう。 そのため、実際に医療保険のメリットを享受できるのは、ある程度お金のあ る人だけ。政府が保険料の一部を補助しても、その補助金は結局のところ医 療費の全額を立て替えることができる中高収入層に流れることとなる。

低所得者層の助けになるのは、インフラ投資や産業振興策による雇用の安定 化と農作物の購買価格の引き上げなどで、間接的なメカニズムに依存する政 策の役割が大きい。雇用保険や生活支援金は額が少ないうえ、参加は強制的 ではなく、受領の手続きが煩雑なため、多くの「農民工」(出稼ぎ労働者) は働いていた都市で事実上受け取れない。

◆発展の過程で解決すべき課題

もちろん、国の広さや発展水準が違うだけに、ドイツや日本との直接的な比 較には無理がある。しかし、平等で安穏に暮らせるという社会主義本来の発 想を考えると、かえって日本やドイツのほうが社会主義的な国なのではない だろうか。中国の社会主義はむしろ国家主導型発展モデルといえるだろう。 日本や韓国、台湾、シンガポールなど、政府が発展に大きく関与した国の経 験を見れば、いずれの国でも経済成長にともない国民の社会保障への要望が 高まり、結局は労働コストが上昇し、所得分配の比較的平等な国となった。 中国もいつかこの道を歩むことになりそうだ。今は内需主導型成長に切り替 える転換期で、社会保障制度を充実させる好機と期待している向きも少なく ない。

しかし、中国政府にとって、今回の購入補助金などは、むしろ社会保障を充 実させる基礎を築く政策なのかもしれない。国民の半分以上がまだ道路も水 道も流通網も十分に整っていない農村部に住んでおり、約3分の2が農民とし ての戸籍を持っている。中国政府は農村部のインフラ建設を加速している。 先端を走る家電購入者を支援することで、どの課題が未解決であり、どのよ うな商品が売れるのかを試みている。消費概念が確立され、農村部に適した 商品ラインナップと流通網が整ってから、低所得者層への補助を充実させた ほうが効率的だと政府が思っているのではないだろうか。加えて、補助金で 個人の消費を促せば、てこの作用も期待できる。同じ論理で、医療保障制度 の基本的な形態が整い、費用の抑制機能が十分に発揮されてから、低所得者 への具体策を採ったほうが効率的だと考えているのだろう。

◆これから、中国はどんな国に発展するのだろうか

社会保障制度の脆弱さが中国の高い貯蓄率を生んでいる。経済の成長を維持 する投資を超える貯蓄は貿易黒字につながっていたが、世界的な景気の減速 の影響で、これをそのまま維持できない可能性も出てきた。余った資金が消 費に流れるためには、セーフティネットを充実させる必要がある。まして、 雇用問題、民族・宗教問題、不平等な財産・所得の分配などに起因する、社 会に本来から存在する溝が顕在化しており、中国の安定が危うくなるのでは という見方も出るぐらいになった。それを受け、3月北京で開かれた全国人民 代表大会で温家宝首相が中央政府の社会保障予算を17.6%拡大すると発表し た。いまだに低水準での拡大ではあるが、景気や国家の安定化への貢献を考 えれば、これからも徐々に充実させてゆくと思われる。

社会保障制度の拡充により国民の暮らしが安定するだけではなく、中国の消 費構造も変化するだろう。農村部向け製品、中・低所得者向け商品、医薬品 などの需要がまずゆっくりと増加し、制度が整って以降は増加率が向上し、 経済全体に占める農村部の消費ウエート、医薬品の消費割合なども上がるだ ろう。生活面での安定感の高まりにより貯蓄率も低下し、内需主導型成長モ デルへのシフトも可能になる。

それでも、中国が本来の意味で社会主義の国と呼ばれるようになる……とは 限らないと思う。米国は1930年代の大不況以来より平等な国になってから、 1980年代以降あらためて社会内部の格差が開いた。中国でも、そうしたパタ ーンがいずれ現れるだろう。今の中国は、日本やドイツという先進国と比べ、 社会主義的といえるかどうかは疑わしくても、社会保障制度の充実が中期的 な流れとなり、より平等な社会に発展するだろう。ただ、安穏になりすぎる と、人間は積極的に働く意志を失う傾向があるため、次の段階で、それを維 持することが課題となり、また流れが変わるだろう。しかし、それまでに、 中国は現在とずいぶん違う国となるだろう。中国の将来の形を想像し、そし て実際に見れることを楽しみにしている。

(中国部ヤン・ヘフティ)

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