中国見聞録

世界から見た中国

2009.10.8
第4回「ノーベル賞受賞者の大半は中国人に?」

第2次世界大戦以来、平和賞以外のノーベル賞受賞者のほとんどは米国人、あるいは米国の大学で研究した科学者である。米国は現在の経済体系の中心的な役割を担い、科学分野でも中心的な地位を占めていることが背景にある。しかし、中国はスピード成長を重ね、米国を追い越そうとしている。価格の違いを考慮する購買力水準でみれば、すでに日本の2倍近くの規模を誇る世界2位の経済大国に発展してきた。では、中国は著しい経済発展と同様、科学超大国にもなるのだろうか。近い将来、ノーベル賞受賞者の大半は中国人になるのだろうか。

答えのカギは、中国の教育制度と経済構造にある。民主国家と比較する場合、中国の強みとしてよく挙げられることは、「実事求是」という科学的発展アプローチである。理系で学んだ政治家や公務員(今は経済学卒業の政治家も多い)が中国の経済的発展を優先する目標の下で、政策を決めるということだ。しかも、量的な発展だけではなく、先進技術の導入を促進するなど発展の質を重んじる傾向もみられる。

その発展に大きく貢献したのは、安い労働力と教育制度だ。一人っ子政策などの影響もあり、これからのさらなる発展に期待できるのは、安い労働力よりも教育制度の向上だと思われる。しかし、近年では、この教育制度が輩出する卒業生の多くは、希望通り就職できなくなってきた。リーマンショックの影響もあり、現行教育制度からの供給と産業の需要とのミスマッチが顕在化した今日、中国政府が将来的な要請に応えた教育体制の実現に力を入れている。

◆大学卒業生の就職難で人民解放軍が現代化に必要な人材を確保

世界的景気の減速を受け、中国でも失業率が上昇した。国家統計局の統計によると、今年6月の中国都市部の失業率は4.3%だったが、本当の数値はその2倍以上に上るといわれている。特に外需に依存する地域や業種では就職が厳しい状況が続いている。大学など高等教育機関の卒業生でも、希望通り就職できない人が目立っている。2009年に新たに卒業した610万人に加え、2008年に就職できなかった100万人を合わせると710万人もの人材の供給に対して、需要が伴わない状態である。8月25日までに、雇用契約を交わした卒業生の比率は57%にとどまり、就職が決まっていない人は43%もあった。

こうした状況下では、その他の選択肢も魅力的に見えてきている。海外留学や大学院に行く卒業生が増えているが、それを選択できる人は限られる。2百万人以上という世界最大の兵力を誇る人民解放軍にとって、それはまさに現代化に必要な人材を確保できるチャンスとも言える。冬からの採用になるため、人民解放軍を選んだ卒業生は数カ月間もの待ち時間を余儀なくされることもあり、先進技術の導入に必要な人材確保に苦戦していた人民解放軍だが、今年は新記録の12万人もの卒業生を採用すると報道されている。政府も積極的で、政府機関での採用を加速化しているほか、農村部や西部地域で新たに10万人もの卒業生を義務教育の教師などとして採用している。

◆14年ぶりの教育革新

しかし、臨時措置だけでは、教育・就職システムが均衡を取り戻せない。そのため、政府は1995年以来の大規模な改革プランに挑んでいる。温家宝首相のスピーチ「百年大計、教育為本」(百年の大計は、教育を根本とする)で描かれた8項目を教育部(文部省)が具体化し、今年1月から2月末まで意見を募集した。2万5000件あまりの回答を基に、新しい教育制度を作る改革案の原稿が作成され、新たにパブリックコメントとして出される予定である。

経済発展とともに、人口構造の変化も改革の必要性を裏付けている。一人っ子政策の効果もあり、2020年までに小中学生の数が1800万人あまり減る見込みである。それに伴い、小中学校の教師への需要も約100万人分減少するとされるが、一方、高校・大学など高等教育への需要が増えると予想される。9年義務教育制がほとんどの地域で普及しており、基礎教育の基盤が固まっているから、義務教育期間を12年間に延長することが、教育部で討論されている提案の一つである。代替案として、義務教育を1年前倒しで延長することも考えられている。

このほか、受験制度の見直しも視野に入れている。子供への負担が重過ぎないように、競争を和らげる方向に向かっての見直しとなる一方、総合的な評価で質のいい生徒を選別できる面を強化すると思われる。同じ思考で、山東省では、週末の補講が禁じられている。それでも生徒に週末の補講を受けさせた場合、校長が罷免される。そして、もっと根本的な課題にも取り組んでいる。四川省大地震で崩壊した校舎は、学校への投資不足を痛切に伝えた。国の投資だけに頼ることには、限界があるという声が出る一方、教育の実施と監督を同時に国家の独占に託すことは効率の重しとなるという声も聞こえている。

◆経済発展モデルにも岐路

 一方、大学生などの就職難を受け、経済発展モデルの調整を唱える声も上がっている。世界銀行によると、産業を重視している中国は、同じ経済発展段階にあった当時の日本や韓国ほど雇用機会を創出できなかった。固定資本投資が、経済成長に大きく貢献した(以前の日本と似ている)。2000年の中国の資本ストックは国内総生産(GDP)の2.48倍だったが、この数値が2008年には、2.95倍ぐらいに上昇したと世界銀行が算定している。昨年発表された4兆元の景気対策でも、インフラなどへの固定資本投資を重視する傾向が続いている。

 しかし、13億人という人口大国にとって、雇用機会の創出が大事なことである。国務院に直属している中国社会科学院などが出版した「人口与労働緑皮書」(人口と労働に関する緑書)では、雇用機会を優先する景気対策の効果を、投入産出モデルを使って算出した。現行の4兆元の景気対策では、農業を除くと、約5135万人の就職先を作り、9.4兆元のGDPを生み出すことができると試算している。仮に、その4兆元の金額をインフラ建設などではなく、雇用機会を創出しやすい業種に優先的に投入したとすれば、GDP効果は8.1兆元でやや劣るが、現行案に比べ41%多い7236万人もの雇用機会を創出することができたという。それを実現するために、投資額の配分を調整する必要がある。現行案では、総額の66.5%が建設業、16.1%がサービス業、6.5%が製造業に配分されているが、就職への効果を高めるため、57.7%を教育、衛星・社会保障、住民サービスなどに使用し、製造業に28%、建設業にわずかに2.6%を使うことを推奨する。これで作られるとされる雇用機会は2008年の非農業雇用機会の15.5%にも相当する。

◆制度の調整が新たなチャンス

実は、温家宝首相も9月中旬に、GDPより重要な目標があると、明確に語った。具体的には、就職率、経済成長の質と効能、環境保護と人民生活の質的向上などを挙げた。もちろん、政府は社会的平和を守ることも大切な目標としているからこそ、これからこの方向に注力するだろうと思われる。豊富な留学生資源の活用や中国屈指の経営学院である中欧国際工商学院(China Europe International Business School =CEIBS)のような海外との提携にも期待できる一方、国内の民間経済の活用も予想される。政治関連でない出版社の企業化など、その方向への準備が進められている。すでに米国を抜いて、博士課程までの教育機関を一番多く抱えている中国の教育制度のさらなる高度化をあわせて考えると、中国が科学でも大国になることは視野に入ってくる。ノーベル賞受賞者数で世界一になるかどうかは別として、存在感を増すことはほぼ確実だと思われる。 従来の発展パターンにも変更が予想される。政策の重心をGDP拡大、インフラ投資などから徐々に雇用機会の充実、経済構造の高度化へシフトすることが見込まれる。そこで、今後の成長において、就職先を創出しやすいサービス業や、豊富な人材を通じてクラスター効果(専門知識を有する人材の確保のしやすさが、関連企業の成長を促すこと)が期待される工学産業、就労効果とクラスター効果の両方が期待できる医療・医薬などの業種は、現在よりもっと有利な外部環境に恵まれると期待できよう。

(中国部ヤン・ヘフティ)

中国株取引のリスク
株価や為替の変動等により損失が生じるおそれがあります。
中国株取引の手数料について
中国株の手数料は、国内手数料、現地手数料、為替手数料と3種類の手数料があり、このスペースに表示するのが難しいため、詳細は中国株の「手数料とリスクについて」でご確認ください。
中国株は、クーリング・オフの対象にはなりません。
詳しくは手数料とリスクについてをご覧ください。